11月1日(日)、京都文化博物館において、第7回京都ヒストリカ国際映画祭ヒストリカ・ワールド『フェンサー THE FENCER』が日本初上映されました。

1950年代初期、ソ連に占領されたエストニアを舞台に、スターリン時代の秘密警察から追われる男が、伝説的なフェンシングのコーチとなるまでを描いたドイツ・エストニア・フィンランド合同制作作品。

バルト三国の一つ、エストニアはロシアと隣接し、フィンランド湾を挟んで目の前にフィンランド…という立地。10年程前に来訪した時に痛感したのは、世界遺産である美しいタリン旧市街の建物が、繰り返された他国の侵略の遺産でもあること。ドイツ風、ロシア風など様々な国のスタイルや宗教を清濁併せ呑みながら、静かに佇む教会や聖堂が印象的でした。現代ではIT産業などでバルト三国の中でも最も開かれた国の、実話を基にした映画です。

18歳の時にドイツ軍に従軍したエンデル・ネリスは、終戦後ソ連の秘密警察に追われ、エストニアの田舎町ハープサルで教師の職を得ます。やがてフェンシングの選手だったエンデルは、子供たちにフェンシングを教えることに。徴兵や拘禁で父親らを奪われ淋しさを抱える子供たちは、フェンシングに夢中になり、父のようにエンデルを慕います。また子供が苦手だったはずの彼も、指導を通じて子供たちに心を開き変化していくのです。ある日子供たちはレニングラードで行われる全国トーナメントに出場する夢を持ちますが、エンデルにとってレニングラードに行くことは秘密警察の手中に身を晒すこと…。

監督のクラウス・ハロは2009年の『ヤコブへの手紙』でも深い感動を残しています。フィンランドの片田舎の静寂に響く郵便配達人の声、手紙を朗読する女性の声が、盲目の牧師にとって生きる縁にもなっていました。それに対し今作ではサイレント、いかに音を消すかが象徴的に描かれます。フェンシングの練習を始めたばかりの子供たちはドタドタ足音をさせているのですが、動きを洗練させて、足音を消すのが上達の道。同時に、サイレント=沈黙はソ連からエンデルが逃げ、そしてエストニアの人々が身を守る術でもありました。ただ、ソ連の片棒を担いでエンデルの正体を調べ、フェンシング指導を阻止しようとする校長に対し、声なき声をあげて服従を拒む勇気には心が動かされます。

映画評論家のミルクマン斉藤さんと映画祭スタッフによる上映後のトークショーでも話題になっていましたが、この映画のポイントは“距離感”。エンデルがフェンシング指導の初期に、適切な距離を保つことの重要性を語ります。防御だけでなく、攻撃しない限り勝つことはできません。逃亡者であるエンデルが追っ手の影に怯え、肝を冷やすシーンが何度もあるのですが、最終的に彼は自らを取り巻く深い霧から抜け出し、運命に立ち向かいます。大人と子供との距離、個人と国家との距離。距離を詰めていく瞬間はドラマティックであり、サスペンス要素もたっぷり。

エンデルが指導する子供たちは、愛らしくも表情豊かに名演を見せてくれます。フェンシングの試合シーンは、手に汗握ること間違いなし。
「ほら、出番だよ」
「ムリムリ、ゼッタイムリ!」
…目線だけでそんな言葉が聴こえてきそうなシーンなど言語を越えて、クスッと笑いが起きるあたたかさがあります。

京都ヒストリカ国際映画祭スタッフはカンヌ国際映画祭でこの作品に出会い、感動の涙を禁じ得ずこれだ!と今作をセレクト。おかげで貴重な日本初上映の機会にまみえることができました。アカデミー賞外国語映画賞フィンランド代表にも選ばれていますが、日本公開は現在未定。京都みなみ会館でのヒストリカ・ワールド4作品のオールナイト上映を見逃すと、次の機会は…。子供から大人まで、どんな年齢の方でも胸が熱くなる映画です。ぜひスクリーンでご覧ください。