11月4日、京都文化博物館において、ヒストリカ・フォーカス プログラム『必殺仕掛人』と『新・必殺仕置人』が上映されました。

『必殺仕掛人』は、名作シリーズの記念すべき第1弾。そして『新・必殺仕置人』は、中村主水(藤田まこと)と念仏の鉄(山崎努)のコンビが満を持して復活し、最高傑作との呼び声も高い必殺シリーズ第10弾です。

上映後は、映画監督・CMディレクターの犬童一心さん、必殺シリーズにてシリーズ1作目からキャメラマンを務めた石原興さん、また『必殺仕事人2015』(11月29日放送予定)にてプロデューサーを務められている森山浩一さんによるトークショーが開催されました。

■プロデューサーの最後の賭け

犬童さん:ぼくが最初に好きになった時代劇は『素浪人 月影兵庫』でした。それから『水戸黄門』もありましたが、それはいわゆるお茶の間で観ている時代劇のイメージでした。でも、小学校高学年のときに『木枯し紋次郎』が現れて。近衛十四郎と品川隆二が好きだったのに、全然違うのがはじまった!という印象がありました。そしてすぐ『必殺仕掛人』がはじまって、むちゃくちゃかっこいい!と思いました。

2つはまるっきり違うじゃないですか。『木枯し紋次郎』はロマンシズムがあって自由を謳歌している人間。『必殺仕掛人』は、画と音楽がかっこいいなというのがまずありました。そして、重たい。出てくる大人がみんな何かを背負っている。アクションシーン、映像、音楽、キャラクターも何もかもこれまで違った印象がありました。どのように、『必殺仕掛人』ははじまったのでしょうか。

森山:もともと土曜の夜10時からの1時間の枠で、当時はTBSとネットを組んでいました。山内久司(朝日放送テレビプロデューサー)がドラマ班のリーダーとして現代劇をやっていましたが、全くあたらない。山内によると、全国視聴率が3%、サッカーでいうと10−0で負けているくらいです。TBSから“辞めろ”という大合唱があったようです。山内も上司に降板を申し出たが、なぜか上司が「何でもいいからやれ」といって止めた。当時、営業的にも時代劇は売りにくかったのですが、「本当に何でもいいなら時代劇をやります」といって最後のつもりで『必殺仕掛人』をやった。なので、もともとは現代劇の延長線上に山内の発想はあったと思うんですよ。

僕も当時高校2年生でしたが、ぱっとみたときに何がはじまったんだという衝撃がありました。テレビのことは何もわからないのに“テレビで主人公がお金をもらって人を殺していいのか”と思いました(笑)。

犬童:原作は池波正太郎さんですよね。

森山:最終的な理論武装としては、原作があるから。これは時代劇だから。ということでやっていたようです。TBSは当時、石井ふく子さん(プロデューサー)の全盛期で『ありがとう』『肝っ玉かあさん』の時代でした。必殺とは対極の世界だったので、山内も賭けだったかと思います。



■“必殺”の映像スタイル

犬童:石原さんは『必殺仕掛人』のときはおいくつでしたか。

石原:31、32くらいです。当時は、映画のどっしりとした撮影から、カメラを振り回すような忙しい撮影方法に変わってきたときで、若くて運動神経があるということで24、25からキャメラマンとしてやっていました。テレビのことを電気紙芝居といって、映画の人は手をこまねいていた時期でもあったから、年配か若い人しかやっていなくて。その狭間で、いつのまにか『必殺仕掛人』のキャメラマンをやることになりました。

犬童:台本が出たときに今までと違うぞと思いましたか。

石原:時代劇は勧善懲悪だけども、アウトローが主役でええのかいなというね。
ただ『必殺仕掛人』の場合、山村聰さんがおっしゃるんですよね。「世のためにならない人しか殺さぬ」と。

犬童:ちゃんと言い訳をしています(笑)。山村聰さんに言われると説得されますよね。最初に山村さんが出るおかけで世の中的に大丈夫になっているというのは、今日感じました。あのキャストを間違えていると、この話は危ないんじゃないかと思われちゃったかもしれませんね。

森山:これも山内から聞いた話ですが、ホームドラマの方式をとっている石井ふく子に対するライバル心とリスペクトがあったようです。日本のお父さんは山村聰さんで、日本のお兄さんは竹脇無我さん。だから、『必殺仕掛人』をやるときも山村さんを元締めにして、実は左内役は最初に竹脇さんに声をかけていました。

犬童:石原さんは、この話はこういう風にしようというのがあって撮影を始められたのですか?

石原:松竹は東映に比べるとオープンセットも小さいので、連続もののテレビをやるにあたって、同じ場所が何回も出てきてしまうからどうしたらいいだろうと。望遠を使って、風景はロケーションで撮ればいい。オープンの場合は画がつまった芝居中心にやっていこうかなど考えて始まりました。

犬童:俳優の顔のアップが印象深く入ってくるというか、顔をとる角度が今観ても新鮮ですよね。普通に芝居をとっているときと、俳優のキメの顔や目の撮り方の違いがビビットで、子供心にかっこいいと思いました。
あと暗いですよね。『木枯し紋次郎』は、きれいだなぁと思っていた訳ですよ。今思うとロケが多くて、寒い日本の風景の中をあの男が歩いているというのがかっこ良かった。『必殺仕掛人』は暗くて、画面が黒い。光と影がはっきりしていて映像で魅せられた。前からそういう手法はあったのですか?

石原:狭くて汚いオープンを撮るにいたっては、“そこライトいらんやないか。顔だけあてて人物だけ浮くようにしろ”という工夫をしたんです。また朝から晩まで撮影していましたが遊びたい盛りの年齢ですから、自分で時間つくらないとしょうがないでしょう。簡単に言えば、“バックだけあてろ、次はバックを消して同じところで撮ろう。”そうすると画が変わるでしょう。実際は、その方が時間かかるんですけどね(笑)。



犬童:時間はかかったけどいい感じになったみたいな(笑)。

森山:僕は当時、撮影所からあがってきたフィルムをマスターに起こす仕事をしていましたが、時々「京都映画の撮影部です」と電話がきて恐る恐る出ると、「お兄ちゃん、何でテレビでかかると黒が黒にならんねん」と言われるんです。テレビだと持ち上がっちゃうから「それはそうなってしまうんです」というと「あれは黒を出すのに苦労してんねん」と怒られました(苦笑)。

犬童:黒がかっこよかったですよね。僕は小学校の頃から映画も観ていましたが、映画でもなかったですよ。後になって思うと『第三の男』がありましたが、それとも違って、大胆というか。逆行のライティングも何もかも新鮮でした。
あるときから“必殺はこれだ”というスタイルが出来上がって、みんなその画と音楽で世界に入っていったんですよね。

石原:でも、なぜ必殺が続いたかというとプロデューサーが偉いんですよ。我々のやることを好きにやらせてくれたし、先を見る目があったんのでしょうね。

■深作欣二監督との大ゲンカ

森山:山内本人にとっては有名な話らしいですが、一度深作監督と一晩中大げんかになったと。「どうしても主水は、“せん”と“りつ”の家に帰ってきてコントみたいなことしなきゃならないのか。いらないんじゃないか。」と。

犬童:深作さんが?

森山:「テンポも落ちるし、仕事が終わって闇の中に消えた方がいいじゃないか。」と。それを聞いて山内は「いやそれやとテレビはあかんのです。映画はいいですが。テレビは日常なんで日常に戻さなきゃいけないんです」といったそうです。全然噛み合わずに最後は山内が「お願いします」と頭を下げました。

犬童:最後の奥さんとのシーン、僕は好きでした。必殺観たあとって時間的にそろそろ寝ると思うんですけど、奥さんとの話があるとほっとして寝床に入れる感がありました。殺しのシーンで終わるとつらいですね。

森山:心臓がドキドキしたまま(笑)。

■鮮烈なレントゲンシーン

森山:山崎さんの“骨外し”あるじゃないですか。山内が石原さんに「どうやんねん」と聞いたら、「レントゲンでやったらよろしいがな」と言われて、なるほどなぁ!と思ったんですが、ほんまにこれでいくかぁと心配になって、ファンの集いと称して1話目の放送前に先行試写会を開いて流したんですって。そこでボキボキっというシーンに笑っていた、じゃあこれでいこうと。

石原:1番最初の仕置人ですよね。レントゲンの一枚写真を撮って重ねるのかなとか試行錯誤していたら、近くに病院がありまして…(笑)。当時、1週間前に病院でバリウム飲んで胃カメラやったらモニターに出ているんですよね。それで病院に言ってモニターでとろうと。あれは鶏の骨やったかな。

犬童:手は誰の手ですか?

石原:僕の手(笑)。

犬童:すごいと思いましたよ。あれは忘れられない。

石原:遊びですね。

犬童:観ている方も一緒に遊べているんですよ、この大人のひとたち何やっているんだろうみたいな。キャラクターの見た目からそうです。念仏の鉄の服や髪型も。今日のマッサージのシーンなんかも楽しい。

石原:俳優さんも勝手に遊んではるんですよ。山崎努さんにいたっては勝手に自分で話をつくって、キャメラマンの僕に「ここはこうしてやるから。監督に言っておいて。」と言うんです。中村嘉葎雄さんと共謀して火野正平さんも足曲げられてね。あれほんまに痛いんですよ(笑)。

犬童:それが伝わっていたんですね。物語を語るために枠にはめている感じがしない。話自体はつらかったり、殺しのシーンも激しかったりするけど、俳優さんが自由にやっているおかしなシーンのおかげで中和されて楽しんで観られたんだと思います。



■サラリーマンの悲哀

犬童:藤田さんはあとから加わっていますが、気づけば主水のシリーズのように見えますよね。

石原:『必殺仕置人』のときは、山崎さん、藤田さん、沖さんですが、毎回主水邸というのが出てきて、それがサラリーマンにウケて。中村主水は賄賂をとるなどすごく人間性があるんですよね。話がつくりやすいことがあって、段々と主水に寄っていったというのがあると思います。

犬童:もともとは梅安で、普通に考えたら念仏の鉄になって…というつもりだったはずですよね。

石原:三田村(邦彦)くんが出たときは、中条(きよし)さんとだったね。でも中条さんは年末となると営業で忙しいから、三田村さんの出番を多くして中心にしていく。そうすると芝居がうまくなって人気も出てきます。そういう流れもあるので、一概に誰が主役ということはありません。

犬童:藤田さんが最初に起用されたのは73年で、『てなもんや三度笠』から6、7年で必殺の人というイメージになりました。『てなもんや三度笠』も時代劇ですが、全然違うじゃないですか。どのようにして藤田さんが主水に決まったのでしょう。

森山:藤田さんがミスター必殺としてブレイクするかどうか、最初からわかっていた訳ではないと思います。山内が言っていたのは『てなもんや三度笠』が終わって、藤田さんもコメディアン、もしくは芸能人としていくか迷っていた時期があったようです。ある日、山内が楽屋にいったら窓辺にもたれて遠くを見てらっしゃったと。それがすごく寂しそうに見えて、舞台の上でコメディをやってらっしゃる藤田さんとイメージが違い、その落差が面白いと思ったそうです。

犬童:藤田さんが入ったときに、サラリーマンの悲哀を狙って撮影されていたんですか。

石原:それはなかったと思います。2枚目では賄賂とってニコっと笑ったりできないですよ。例えば、山崎さんだと陰険になる。藤田さんがやるから、関西のずるいおっさんやなという風情があったと思います。今考えると、ぴったりだったんです。