飯星景子さんの司会により、『利休にたずねよ』の田中光敏監督・原作者の山本兼一さんによるトークイベントが始まりました。

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まずはお2人のプロフィールの紹介。

お2人とも数々の賞を受賞されておりますが、

その中でも山本兼一さんが松本清張賞を受賞された『火天の城』を田中光敏監督により、映画化されています。

山本さんのお話では、その経験があったので今回の映画化も心配はしていなかったとのことでした。

原作が時代を遡って書いているので、これをどうやって映像化して下さるのか、楽しみにしておられたそうです。


田中監督によりますと、大事なお宝(原作)を預かって、それを映画化するということで、

納得のいく脚本を山本さんに見せるのに、2年もの歳月がかかったとのことです。

原作が、超えられない位大きな山であり、どうしたらいいのか本当に色々考えられたそうで、

中でも作中の若い頃の利休が、今までの利休像を見事にくつがえし、すごく魅力的に描かれていたので、

それを観客の方にどう伝えるかが課題だったそうです。


以下、敬称を略させて頂き、ご発言の概要をお伝え致します。


(山本) 原作者が映画を観て絶賛することは、中々ないのですが、

     それというのは映像化するにあたっては、小説を書いている人間は

     少し距離があるので・・・

     そこはシナリオのひとに頑張って頂いて。

(飯星) 登場人物も、かなり絞ってありますよね。

(田中) 言葉ではなく映像で、山本さんの伝えたかったことをどう伝えるか考えました。

     照明などの技術・芝居の間、などでも。


ここで、客席におられた安藤清人照明監督が紹介されました。


(山本)撮影にベネツィアングラスを提供して下さった方が感心しておられました。

    ガラスを一番美しく見せるライティングを把握されているそうで、

    例えば美術館の撮影などでは、ライトのセッティングに4~5時間もかける所、

    安藤照明監督は30秒ほどでセットされたそうです。

(田中)道具や場所なども、今まで撮影できなかったものが出てきますね。

    東映京都撮影所ならではというか、京都にしかないシステムで、

    役者さんもマイかつら・マイ着物を持っているような大部屋の方が

    周りを固めてくれています。


ところで、主演の市川海老蔵さんは天才、と評されておりました。

とても鋭敏な感覚をお持ちで、場の違和感などを一瞬にして感じられる人。

例えば、エキストラが今回客席におられた人数(400人程度)いたとして、

その中の1割が、普段2,3年に一度しか着物を着ないような人達だとすると、

その3、40人をすぐ見抜いてしまう、というようなことらしいです。


(山本)映画化する時は、ぜひ海老蔵さんにと思っていました。

    なぜなら利休は、表面的には穏やかですが、実はパッションの人だと思うからです。

    心の内側にたぎるような情熱を持っている人だと思うので。

    今回、市川団十郎さんと海老蔵さんが最初で最後の共演をされている所も見所ですね。

    撮影は、団十郎さんが体調不良で京都南座を降板する1週間前でした・・・


お2人は親子ですが、団十郎さんは師匠であり、現場では海老蔵さんは敬語で話されていたそうです。


市川海老蔵さんと山本兼一さんの対談では、もし可能であったなら、

団十郎さんが高齢になった利休、海老蔵さんが若い頃の利休を演じてみるのも

良かったのでは・・ というお話も出たそうです。


(田中)中谷美紀さんのお手前が素晴らしかったですね。

    中谷さんは10年程前から、裏千家でやられてるそうですが、

    今回の撮影では、海老蔵さんのお手前の癖を研究されて、少し夫と似せたそうです。

(山本)今回、黒楽茶碗長次郎などの本物を、美術館からお借りできたのが大きいですね。

     今は高い物になってしまったけども、昔は普通にお稽古などにも使っていたものです。


(田中)この京都で撮影できたのが大きなファクターですね。

    本物の歴史ある場所・道具で撮影できたことが。

    文化を守ろうとしている方が沢山おられて、京都だけでなく堺でも

    利休さんの映画なら・・ということで協力していただいたり。

    映画をやって改めて、千利休のすごさを思い知りました。


やはり、数ある本物をお借りして撮影した中でも、1番の見所は黒楽茶碗。

利休の死の前の点前のシーンで使われています。

値段のことを言うのはアレですが・・ プール付きの家が買えるような値段だそうです!

ちなみにこのシーン、実は使われている茶杓も、なんと利休本人が削ったもの。

他にも、赤楽茶碗・井戸茶碗・熊川茶碗など、本物の見ごたえたっぷりです。


ロケ地の豪華さについても触れられていました。

裏千家・今日庵の路地もそのひとつ。

実は最初はセットで作る案もあったそうなのですが・・・

そうすると、制作費全部を使っても足りなかったそうなんです!

他にも織田信長の葬式の場面の、南禅寺山門。

北野大茶会は大津の三井寺・上賀茂神社・神護寺の3つの場所で

撮影されたそうです。

大徳寺山門・金毛閣も、本当は上まで登ってはいけなかったところを

お願いして撮影されたとの事。

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ここで飯星さんが、「原作と映画の話に戻って・・」

(飯星) オープニングがとても好きです。

     原作に忠実な描き方にしびれました。

(田中) 僕も原作の最初のシーンがすごく好きで。 春の嵐のような・・・・

     「利休ブルー」と呼んでいるんですが、全体の色のトーンを

     少しブルー寄りにしているんですね。

     オープニングは、利休の心の中を表現できるシーンにと、

     とにかくワンカットで撮りたかったんです。

(飯星)登場人物もそぎ落とされていましたが、台詞も少なかったような。

     そのように出来た要因とは?

(田中)撮影・美術・照明・音響・芝居が、どれもいい形で足し算になっているんですね。

    持っている技術・役者の持っている力やエネルギー、

    シンプルでも強い言葉。 それがないとできなかった。

    静かな映画ですが、いい意味で勝負して作り上げました。

    そして、美しさを見せるために全てを注いだ訳ではなく、

    利休が見せたもの、居た場所、信長や秀吉など周りのひとがどう受け取ったか・・

    それを積み重ねる事で、利休の持っている世界・追い求めた美意識

    が伝わっていくと思っていました。

(飯星) 原作は一種ミステリーですよね。

     あるきっかけで、利休がああいう枯れた美意識を持った、という・・

(山本) 私もこの話を書こうと思うまでは、9割の日本人が持っているであろう

     利休のイメージを持っていましたが、

     お茶を楽しむためには、艶・きらめき・・ そして素敵な恋を沢山して凝縮して・・

     年月とともに枯れていく・・・ という感じでしょうか。

     そして利休は、自負心・プライドの高い人だったと思います。


ここでもう1人ゲストの方が登場されました。

映画祭の題字や、作中に使われている書を書かれた、

書道家の木下真理子さんです。

はじめは、少し女性らしい字にしてほしいとのお話だったそうですが、

ご自身が漢字の作家であり、どちらかというと男性的な、

エッジの利いた作風であられることもあり、

書も茶も中国から伝えられて、日本独自の物に変化していったように

それぞれのスタイルと流儀がうまくブレンドできるように

意識して書かれたそうです。


(田中)本当に沢山、書いていただきました。


ヒストリカ映画祭の題字については、「ヒストリカ」の部分を「歴史」と

あてはめるのはどうかともお考えになったそうですが、

やはり「ヒストリカ」の部分が大事とお聞きになり、

京都はかなを生んだ場所でもあるので、

かな文字のちらし書き(書の配置法)も取り入れて書かれたそうです。


(木下)美しさを追求していくことは、すごく時間がかかることです。

    その過程も大事ですし、魂・精神力があって到達して行くと思います。

    利休がどういう世界を追い求めたのか、触れてほしいですね。

(山本)茶の湯は静かな世界ですが、利休の心の中がどんなに燃えたぎっていたか、

    感じてほしいです。

(田中)利休のお茶は、利休の恋から始まった・・・

    何か感じるものがあって、いい映画だなー と思ったら、

    友達の友達くらいまで広めていただければ(笑)



会場が笑いに包まれ、和やかな雰囲気でヒストリカ・トークは幕を閉じました。


ボランティアスタッフ   さたかおる