11月4日、京都文化博物館において、ヒストリカ・フォーカス プログラム「新・座頭市Ⅱ 第10話 冬の海」の上映が行われた。
ご存じ『座頭市』の人気テレビシリーズ第3弾。座頭市が訪れる土地で出会う人々との交流を描いた作品。シンプルな内容ではあるが監督も務める天才勝新太郎の閃きが冴えわたる。全100本のシリーズがあり、毎回豪華なゲストが起用されたのも人気のひとつ。
本作「冬の海」はシリーズのなかでも神回と呼ばれるほど有名な話。
原田美枝子演じるは“てん”という絵描きをする少女。わずかひと月の命でありながら座頭市と共同生活をする感動作。
本編上映後は犬童一心監督と記録の野崎八重子さんとのトークショーが行われた。

「自然と勝さんが作品にのめり込んでいるのが伝わる」

35年ぶりに本作を観た野崎さんがしみじみと語った。
台本が無いのが有名な現場において、勝新太郎の頭の中だけにあるストーリや
セリフを交えての語りを、そばで記録するのが野崎さんの仕事だった。
時に聞き漏らしもあり、テープで録音してそれを書き起こしたそうで当時の苦労が伺える。


犬童監督「全100本のテレビシリーズ中でも有名な作品ですが、原田さんが若い!
そして原田さんの為に作った作品のように見える。」

野崎さん「そうですね。そして勝さんの現場は本が無いんです。脚本家が書いてくるけど
全部勝さんが捨ててしまうんです。
そして出演する俳優さんに合った話を改めて勝さんが考えるんです。」

原田美枝子のアップが多用される本作品、滲み出る様なセリフや儚い演技など、全てが印象的だ。
「勝さんはそうとう原田さんを気にいっていますよね。」と犬童監督。
観ている者にもその魅力は怖いほどに伝わってくる。
勝新太郎の閃きのもとロケ地も決まる座頭市シリーズ、本作も簡単では無かったようだ。



野崎さん「この『冬の海』も丹後半島の間人(たいざ)でロケをすると急遽きまったんです。スタッフ総出で移動するも、もちろん台本は無く。カニを目前にひたすら勝さんの話を聞いて、ようやく次の日の台本ができてきました。カニはひと口も食べられませんでしたけど(笑)」
その席には勝新太郎、原田美枝子、西田画伯(劇中の絵の作家)が同席していたと言う。


犬童監督「紙一枚の台本で、シーンごとバラバラで撮影することで終わりがいつ来るのか分かるものですか?」

野崎さん「ある程度やっていると話の終結が解ってくるものです。」

犬童監督「監督として勝さんが俳優に対する演出はどういう事を言ったのですか?」

野崎さん「ある程度の流れはやり始めるとできてきます。ただ細かい演出はない。絶えずなんとも言えない口調を勝さんは求める。それが心から心情を話している様な会話になるんです。」

犬童監督「なんとなく全員のトーンがローになりますよね。」

野崎さん「子供もみんな勝さんの間で芝居をするようになる。そして勝さんは子供の演出も上手い。騒ぐ時など良くある“わ~いわ~い”などなく、ただ掃除させていたりする演出でした。」

犬童監督「やり過ぎる演出が嫌いだったのかな?と思いますが。」

野崎さん「そうですね、同じ事を二回するはとても嫌っていました。でも結果的にいつも同じですよね? やくざが出てきて(笑)」

野崎さんが話す当時のエピソードから我が道をゆく勝新太郎が垣間見えるも、真剣に妥協なく作品づくりに取り組んだ姿勢が伝わってくる。


「誰も観た事のないものを創る」

勝さんはいつもそう話していたと野崎さん。
勝新太郎のものづくりの基本概念がこれだったに違いない。
俳優の事をとても大切に考えていた故に、毎回ゲストに合った台本の手直しに苦労していた様子。芝居をする事を大切にした分、出演後の俳優達はみんな喜んで帰っていったという。

演出について犬童監督が「何もしない内田朝雄に驚いた。」と感心する場面も、勝新太郎が成せる技で、ほかでは考えられない演出だろう。
原田美枝子に関しては「篠山紀信ばりに撮っていますよね~」とお気に入りぶりが伺えると話した。

犬童監督「45分のドラマをどのくらいで撮っていました?」

野崎さん「だいたい1週間くらいで撮っていましたけど、気分がのらないとお休みになることも。ロケで待つだけで終わる事もありました。」


勝プロダクションのオーナーであり、監督であるが故の葛藤も勝新太郎を苦しめたと言う。
と同時に「オーナーだからできる部分もありますよね。」と犬童監督は付け加えた。


犬童監督「普通絶対置かないカメラ位置にいくところがありますね。それはカメラマンがそういう位置が好きなのですか?」

野崎さん「勝さんがやっぱり要求するのだと思います。」

犬童監督「時代劇ではあまり無いような感じですよね。」

野崎さん「勝さんは人がやらない事をやりたい人だから、自分が今まで経験した事と違う事をしたいと言っていましたね。」

時にレンズを覗き込み納得しながら撮ったと言う、また望遠で撮影するのも好きだったようだ。監督に専念するあまり座頭市のカットが少なくなってしまい、座頭市が足りないと言う事態も起こっていた。他の俳優に一生懸命になり過ぎた結果だったと野崎さんは振り返る。


犬童監督「原田美枝子のイメージは野性的で自然体の女優だったけどこの“冬の海”では情緒的な女性になっていますね。」

野崎さん「勝さんがある意味原田さんを変えた作品ですね。」

犬童監督「原田さんが聖人というか聖母マリアのような感じになっている。」

野崎さん「天女さんって言ってますからね。」

犬童監督「趣味で創っているとしか思えない所があって(笑)勝さんの理想像を気に入ってる原田美枝子を使って創り上げようとしている風に思えます。」



「神格化した座頭市と勝新太郎」

座頭市と勝新太郎がだんだんとひとつになって行くのを野崎さんは目の当たりにしていた。

野崎さん「お天道さん、お天道さんとセリフの中で良くいいますが、お天道さんが座頭市に近づいて行って神になっていくんですよ。」

犬童監督「聖人になっていくんですね。作品の中で聖なる者が旅をしている様に思える。」

聖人化していく座頭市について犬童監督がさらに掘り下げる。

犬童監督「聖人の座頭市に近づいてくると言う事は勝さんも神に近づくって事ですか?」

野崎さん「座頭市をやっている間はそうですよね。」

しかし神格化された勝の生身の姿は、真面目で必死で苦しみながら作品を良くしようとする事ばかりを考えていたと言う。
さらにテレビ局の方に何を言われようが視聴率など全く気にしていなかった様子。
そう言えるのもテレビ局にゆとりのあった時代だったからだと犬童監督。

犬童監督「自分以外の監督で信頼を寄せていた方はいますか?」

野崎さん「勝さんは森一生監督の言う事は良く聞いていましたね。また三隅研次監督の事も良く聞いていました。」

犬童監督「最初に勝さんの魅力を引き出してくれたのは森一生監督でしたからね。」

野崎さん「森一生監督や三隅研次監督には自分が教わったというところがあると思います。」


最後に秘密の話として劇中にて座頭市が殺気を感じとり耳が動くシーンは、消しゴム付きのえんぴつで後ろからクイクイと押していた!とネタバラシをしてくれた野崎さん。
共に作品を創るなか想像を超える苦労も多かったに違いないが「もう少し生きていて欲しかった。。。」と言う野崎さんのひと言に天才勝新太郎の人間としての深さを感じとれた。


2015.11.4 紅粉チコ